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ゆきこの気まぐれNOTE

遊んで暮らす人生を全力で考える雑記ブログ

自殺願望や鬱は環境を変えればなくなるよ

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どうも、ゆきこです。

憂鬱だった中学時代

突然の告白ですが、私は中学1~2年にかけて、強い自殺願望がありました

私の幼少時代は少し複雑で、

小学入学と同時に両親が私と4歳年下の弟を連れて中国に渡りました



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そして私が小学高学年になった時、両親は私と弟の面倒を知人に頼んで、両親だけ先に日本に帰国しました

私と弟を中国に置いて行った理由は、

せっかく中国語を覚えたから忘れちゃうともったいないからです

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両親と離れ離れになったのはさみしかったですが、住み慣れた環境だったのでそれほどダメージはなかったです

ホームステイ先となったおばさんやおじさんは当時の年齢50歳くらいで、自分たちの子どもは自立して家を出たので、
私たちのことを自分たちの子どもように育ててくれました

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最初は居心地がよかった

まるで自分の家かのように思えた

しかし、段々と異変に気付いた

私の面倒を全然見てくれなかったです

その一方で弟のことを物凄く可愛がってた

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中国は教育に厳しい国です

私の通った学校では小学1年から毎日決まった宿題を出され、数学は毎日教科書から8問指定されて、

うち2問まで間違えても修正して再提出すれば問題ないです

2問以上間違えると8問全部もう1回やりなおして、それでもだめな場合は居残りして

全問正解できるまで帰れまてんという制度でした

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勉強はそこそこできたけど、数学だけは少し苦手でした

低学年の時はごまかしごまかしでやってたけど、

高学年になると難易度があがり、ますます苦手意識がありました

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放課後居残りになったことも増え、最初はおばさんも熱心に一緒にやってくれましたが、

あまりにもできないでいると「なんでこんなのわからないの?あんたって本当にバカだよね」って言われるようになりました

それ以来、「あの子は頭が悪いんだよ」と愚痴をこぼすことが増えました

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反対に、弟は勉強がとても得意でした

毎回テストが終わると必ず先生に褒められます

おばさんも弟の成績を見てとてもいつも喜んでいました

それを見て私の中で「私は頭が悪いんだ…弟は頭がいいんだね、うらやましいな」って受け入れたのと同時に、

自分に対して少しずつ自信を失いました

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そして、中学校に入ると、担任の先生は20代後半の眼鏡かけた男の担任になりました

その時の私はもうすっかり「私はダメな人なんだ」と自信のない子に変わりました

「どうせ私は賢くないし、勉強してもダメだから、もう頑張って勉強するのやめよう」って自暴自棄でした

しかし、新しい担任の先生はなぜだか私のことをよく褒めてくれました

「頭いいんだからもったいないよ」「本気でやればトップクラスの人たちに絶対追いつくよ」

「勉強してないのにこの成績はありえないよ!頭よくないはずがない」と

いっつも言ってくれて、嘘だと疑ってたけどそれでもうれしかった

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しかし、私の心の闇はすでに深かった

完全に自分の殻に閉じこもって、他人に心を開くことができなかったのです

最初は弟のようにおばさんの関心を引きたくて、わざとバカなことを言ってみたり、大げさなジョークを飛ばしてみたり、

色々試してみたけどにいつも冷たく「あんたバカなの?恥ずかしくないの?」って言われて撃沈するという

悪循環を何回か繰り返してきたうちに、

「ああ、私って何をしてもダメなんだろうな。なんか生きる気力がないな…」と思うようになり、

家でも学校でもまったく無口になり、笑うことすらできなくなってしまっいた

そのような状態で新しい担任の先生に認められたのは心の中ではうれしかったが、

どうしても素直に自分の感情を伝えることができなかった

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「余計なお世話ですけど」って反抗的な態度を見せたり、

笑顔で話しかけられても無表情で睨み付けたり、

不良のグループと絡んで悪いことをしてみたり、

約1年もこんな生活が続き、ついに私は担任の先生にも見放された

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こうして私は家でも学校でも認めてくれる人がいなくなり、食欲も下がり元々の細い身体がますます痩せていきました

朝みんなが起きる前に起床し牛乳を飲み、無言で家を出る

30分以上かけてのんびりと死んだ魚のような目で学校に行く

授業中は適当に時間をつぶして休み時間は寝る

家帰ると無言で自分の部屋に行き、テレビ観たりマンガを読んだりして時間をつぶした

早くこんな生活から解放されたい、もう死にたいと毎日のように考え、鬱状態になっていました

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カッターで本気で手首を切ろうと何度も試した

いずれも全部失敗で終わった

死ぬのはいいけど手首を切るのは痛いから楽に死ぬ方法はないかと真剣に考え続けた

こうしてるうちに親から日本に戻ってこいと声がかかった

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環境を変えたら変化が起きた

日本に戻ってきたのは中2でした

幼少期に住んでいた家と両親のそばに戻り、これ以上にない安心感を感じた

地元の中学に転校し、最初は学校のみんなが積極的に話しかけてくれたが、

まだ完全に鬱状態から復活できなかったので、中学卒業するまで一人も友達ができなかった

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でも家では完全に両親と仲良く接し、少しずつ鬱症状が緩和されていきました

高校に入ってからは鬱はほぼなくなりました

そして今は昔と見違える程ポジティブな性格に変化しています

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もし、あの時日本に戻らず、ずっとあの生活を続けていたら、

私は自殺して死んでいたのかもしれない…

仮に生きていたとしても、恐らく適当に高校に行き、卒業して適当に生計を立てているのかもしれない…

あの時の私から、日本の難関大学早稲田を卒業しすることも、

こうやってブログを書いてることもまったく想像がつかなかった

逆に今の私から、あのまま生きてたら今頃どんな惨めな生活を送っているのかまったく想像できない

環境は私の人生すべてを変えたのだ

あの時は、学校や同級生、先生は私の全てだと思い込んでました

今だからこそわかることですが、

世界中に70億の人間がいるのに、あの時関わってた人は100人だとしても

0.00000001%くらいの人間としか関わっていないのだ

あまりにも視野が狭すぎた

井の中の蛙大海を知らずってこのことですね


人生を変えたければ環境をかえろ

私の場合はいいタイミングで環境が変わったのでラッキーでした

しかし、実際に環境を変えるには現実的な問題が付きまとってくる

お金、仕事、人間関係…etc…

はっきり言ってその心配はちっぽけな悩みです

命さえあればだいたいなんとかなる。必要なのは、1歩前に踏み出す勇気だけ

PS.絵と字はiPhoneのアプリを使って、指を使って書いたため、これが限界なのです…
女子力の低さが…