ゆきこの気まぐれNOTE

遊んで暮らす人生を全力で考える雑記ブログ

進路まで真似してくる同級生の女に6年間付き合って、ついに友達を辞めた

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ゆっきーです^^

今日は私のことを真似してくるかつての女友達のお話です。

本文ではK子と呼ぼう


出会い

確か初めて会ったのは中3は夏ごろだった

私は5歳の時に中国で住みはじめ、日本に戻ったのは中2の冬だった



日本に戻ってから地元の中学校に通いつつ、週に2回程無料で授業を受けられる日本語教室にも通っていた

その日本語教室で出会ったのだ

彼女は中国上海の出身で、両親が離婚して母親が日本人男性と再婚したのがきっかけに日本で生活し始めた

同い年でほぼ同じ時期に中国から日本に来たし、お互いほかに友達がいなかったので、それなりに仲良くやっていた

ただ、初めての待ち合わせで30分以上遅刻してきて、その上にニコニコしながら現れて謝りもせずに、

昨日だれだれと遊んだんだという話しを永遠と聞かされて、その時から少し距離を取るように接するようになった



出会ってすぐに高校受験を迎えた

私は帰国子女制度を利用して、自宅のすぐ近くの偏差値高めの公立高校を受験しようと前々から決めていた

その時K子は「私立高校は費用が高いから行かせてもらえない。すぐ近くにある偏差値40くらいの〇〇高校に行く、

あそこなら確実に受かるし、滑り止めの高校を受ける必要もない」と話し、さらに私にも「ゆっきーが受けようとしてる高校は

難しいからやめたほうがいいよ。私立の滑り止めを受けないなら私と同じ高校のがいいよ」と何回も薦めてきたが、全部無視した

K子とは同じ高校に行きたくなかったので、滑り止め用の私立高校も自分で調べて、いくつの高校の説明会にも足を運んで真剣に色々悩んで

やっと受験する私立高校を決めた

もちろん私立を受けるのはずっと内緒にしていた

受験までの間日本語教室で会う度に受験する高校の話しを聞かれた

断固して滑り止め用の高校を受けるなんて言わなかった…願書受付締め切り1日前までは…



まさかの同じ高校に行くことになってしまった

すべてが順調に進んでいるように見えた。この日、願書を高校に提出し、残り日数が少ない日本語教室に向かった

教室に着くとやはり「あの公立高校は辞めたほうがいい。難しいもん。受からないでしょ。私立高校も受けないんでしょ?」と言われ、

浮かれていた私はついに口を滑ってしまった。「いや、私立受けるよ」と

このたったの一言が私の3年間の高校生活を変えてしまった。

「えええ!?どこを受けるの?なんて高校?締め切りいつ??」質問の嵐だった

とっさに適当の高校を思いつかなくて、本当に受ける滑り止めの高校を教えてしまった

その次の日、K子から電話がかかってきた。「うちのお母さんを説得した。私立高校を受けさせてもらえることになった」と報告された

「おお、よかったね。どこの高校受けるの?」と聞くと、

「ゆっきーが受ける滑り止めの私立高校だよっ。あの偏差値の低い公立高校に行くのもやめた。これ1本で行く」とさりげない感じで言ってきた

あああ、私はなんてことをしてしまったんだと心から後悔する瞬間だった。あと1日だけ黙ってればよかったのに…と思わず自分を殴りたくなった



高校3年間のうち、2年間も同じクラスだった

結果、私は挑戦していた公立高校に落ち、滑り止めの高校に行くことになった。

K子ももちろん同じ高校に。そして当然かのように所属するコースも同じだった

幸い1年生のクラスは別々だったが、2年と3年のクラスは運悪く同じクラスだった

入学当初部活は前々から興味のあった空手をやりたかったので、見学に行くとなぜかK子もついてくる…

しかも割と真面目に入りたがってた。(当時K子はかなり太っていて約80キロくらいあったので、よく空手やろうと思ってるよねと内心で思った)

結局空手部に入らずに、女子サッカー部に入部することになった

すると今度は一緒に入ってこなかった。あれ~と思って、後々話を聞いてみると、どうやらサッカー部の練習はかなりきつそうだから

とても体力的についていけなくて、本当は入りたかったんだけど断念したそうだ

やっぱりついてきたかったんだね…でも部活は同じのじゃなくて本当にほっとした

1年のクラスは別々だったうえに、私は部活が忙しかったのもあり、ほとんど関わることはなかった

本当の地獄は2年に同じクラスになってからだった

休み時間はずっと一緒、席替えの時もコネを使って私と前後の席に座りたがる、

私の前の席に座ると授業中はいつも後ろを向いてしゃべりがたがる、

弁当を食べるのも一緒…

3年生になってからさらにエスカレートしていった

3年生になると大学受験を考えるようになった

毎朝登校すると、カバンを席に置いたら、まっすくに私の席のところにきて、

「ねえ、昨日勉強した?」と笑いながら聞いてくる。

毎日だよ?毎日!!毎朝「昨日勉強した?」だって

これどう思う?友達に毎日毎日「昨日勉強した?」なんて聞くかな??ねえ、聞くかな?

ありえない、マジでありえない。ていうかうざい。非常にうざかった。

「なんでそんなこと聞くの?」「もうそんなこと聞くのやめて」と言っても、

「いいから早く教えてよ」と一点張りw

相手にするのもだるいので「勉強してないよ」と毎日決まって返す

きっと「勉強してないよ」と言われると安心するでしょうね…かわいそうな人ww

私は英語が好きだったし、英語学科か文学部に受験しようと考えていました

まあ当然K子も同じ学部を受けると言い出す

大学も上智とMARCHあたりしか受験するつもりがなかった

全部落ちたら浪人すると覚悟を決めていたから

K子も真似してだいたい同じところを受験した

そして、二人ともすべての大学不合格だった



浪人することになりました

私は高校時代塾に行かなかったので、さすがに浪人は自宅では学習できないと思い、予備校に通おうと決めた

高校の卒業式が終わったすぐにK子は中国の実家に戻っていた

その間に私はどの予備校に行こうか必死に探した

すると大手の予備校とは違う、少人数制で費用も安い浪人生用の塾を見つけ、K子が返ってくる前に申し込んだ

K子が日本に戻ってきた時にはすでに受付は締め切っいた

連日K子やK子のお母さんから電話がくるようになった

「どうにかゆっきーのいる塾に入れてもらえない?」と頼んできた

塾の受付は締めきったのは分かっていたし、塾の電話番号だけ教えてあとは自分で塾に電話して聞いてくださいと伝えた

当然塾から断られてようやく諦めてくれた

その後K子はとある有名な大手の予備校に通いだした


浪人しながら夜はとあるチェーン店でバイトしていた

昼間はがっつり塾で勉強し、夜は気分転換+お小遣い稼ぎで飲食店でバイトを始めた

最初はK子は時々お客さんとして店に来てた

バイトが終わったあとに何回か「ゆっきーのバイト先って人募集してない?」

「バイトを募集する時教えてね!私応募するわ!」と言われたこともあった

「特に募集してないと思うよ」と適当に返していた

ある日、いつも通りバイト先に出勤したら、K子は高校の友達と二人で食事をしていた

ちょうどその日店に新人が入った。新人が挨拶しているところをばっちり目撃された

あちゃーと思い、K子のほうを見ると、すごい深刻な顔をして新人をにらんでいたww

その日の夜バイトがあがり、家帰ってK子から電話がかかってきた

「ねえバイト先に新人が入ったでしょ?人を募集してるの?」と聞いてきた

「うん、今日入ったよ。私も募集してたの知らなかったな~もう今人いっぱいだしさすがに募集してないと思うよ」と

適当にごまかせた

そして後日、K子は私がバイトしていたすぐ近くにある同じチェーン店でバイトを始めた…

そのごろから、K子は徐々に予備校に行かなくなり、バイト漬けの生活に変わり始めた


2度目の大学受験

高校受験の時の失敗を活かして、聞かれても決して本当に受けたい大学を口にしなかった

受験期に入ると気がゆるめないようにK子とあまり会わないようにしていた

時々電話したこともあった

「ゆっきーって2浪とかするつもりあるー?」と聞かれたのがよく覚えている

「2浪か~考えたことないけどもう十分勉強したし、たぶんしないかな~」と答えた

「私は最近2浪してもいいかな~と考えてるんだよね~」

「あ、そう…」

そんな会話をしてからしばらく経ち、私は第一志望の早稲田大学に合格できた

早稲田を受けることはK子に内緒してたのだ

これでやーっとK子とさよならできる!と喜びを隠せなかった

受験期が過ぎ、再び電話がかかってきた

案の定K子はまたしても全落ちだった。真面目に予備校に行かずにバイトばかりしてたからこうなるのも当然の結果

「早稲田に受かったから早稲田に行くよ」と電話越しに伝えた

「えええそうなの!?まじでえええ!?」と言ってるのに、K子は必死に涙を我慢してるのが伝わってくる

きっとK子は悔しかったのだろう。文字だけでは伝わらないが、普段K子は常に私の上に立ちたいのが感じてくる

バカだと思っていたゆっきーに裏切られたのがショックだったんでしょうきっと


その後、1ヶ月程音沙汰だった

久しぶりに電話をした

「大学どうするの?」

「滑り止めの大学受かったけど行く気にならないし、これから中国に帰って向こうの大学に行く。日本の国籍取得したから外国人制度で受験すれば簡単に受かるよ」

「えw2浪してもいいかなって言ってたのにしないの?w」

「うん」

結局、2浪してもいいかなって言ってたのはきっと私と一緒に2浪するって意味だったでしょう

浪人する時も常に「最近勉強してるの?」と聞かれていたので

「してないよ」と返したのを本当だと思い込んでたかもしれない


別々の道を歩み始めた

それから日本と中国に離れて暮らすようになり、連絡を取ることも少なくなっていた

長期休みの時はK子が日本に戻ってきた時いつも電話をかけてくれた

久しぶりに会うしさすがに前に比べたら大人になっているだろうと期待を込めてK子と遊ぶも、

結局あまりのK子の変わらない身勝手さに呆れて嫌な気分になる

そしてまたしばらく会わずに日本に戻ってきて、また電話して会おうとなって…

の流れが数回繰り返されていた

最後にあったのは去年のゴールデンウィークだった

私が社会人になって1ヶ月経った頃ですね

その日知らない番号から電話かかってきて出たらK子でした

「今から遊ぼう」としつこくて、仕方なく会いに行ったが

その日の夜は初任給で家族にご飯をおごってあげるんだと話をしたら

「ええ!私も行く!」とおねだりしてきた

「ゆっきーのお母さんとお父さんに会いたいしw」と言ってきたが

本当にご飯をおごってもらおうと考えているのは知ってた

断ってもしつこいので仕方なく連れて帰ったが、せっかくの家族団欒が全然楽しめずにいた

もうこんな図々しい女と付き合ってられるか!!!!と思い、

翌日からK子からの連絡を一切無視するようになった

そして1年半経った今、時々K子からFacebook経由でメッセージを送られてくるが

一貫して無視を続けている

約6年間友達だった女とついに友達を辞めたのだ



PS.K子にまつわる面白いことがまだまだたくさんあるので、
後日別の記事にまとめようと思います